
海藻の名前にも方言がある。今回は、紅藻植物門真正紅藻綱ウミゾウメン目コナハダ科カサマツ属の1種、カモガシラノリDermonema pulvinatum (Grunow ex Holmes) K.C.Fanについて紹介したい(図1)。この紅藻は、関東以南の太平洋岸、九州、南西諸島、朝鮮半島、台湾、ベトナムなど東アジアを中心に分布するほか、ハワイ諸島、メキシコなどからも報告がある。春から初夏にかけて潮間帯の高い位置の岩面を覆うように生育し、大潮にはもちろん、干潮時に磯で最初に姿を現す海藻の一つである。もちもちして柔らかく、二叉に枝分かれした枝が密生して直径数cmの半球状の体をつくる。食用海藻として流通はしていないが、古来、食材として利用されてきた地域がある。水洗いしてから搗(つ)いて餅のようにしたり、酢に和えたりして食べると美味しいという(星川・千原1970『食用植物図説』(女子栄養大学出版部))。
「かもがしらのり」もしくは「かもがしら」が文献に登場するのは、明治23(1890)年の陶山清猷(すやま せいゆう)編『有用藻譜』(集成堂)が最初であるようだ。この書は、異名として肥前(佐賀・長崎県)の「ぼふしのり」を挙げつつ、肥前や紀伊国西牟婁郡(現在の和歌山県白浜町・すさみ町周辺)の海岸の岩上に生育すると述べている。同じ明治期に和歌山県を採集調査し、明治20(1887)年に『紀州植物採集目録』を発表した三好学(1862–1939)は、和歌之浦で海藻も採集していて、そのリストには「をとめのかしら」という現在のカヤモノリの地方名が挙げられている。このことから、かつて筆者は、「かもがしら(鴨頭)」が「をとめのかしら(乙女頭)」と区別するために考案された名前であり、「鴨の頭」という意味であるという仮説を提唱したことがある(北山 2020. カモガシラノリの謎–地方食用海藻の魅力–. 海洋と生物42: 543–546)。古代から紀伊半島の海岸では、春が近づくといろいろな海藻が磯を覆いはじめる。しかも岩ごとに異なる種が優占することも珍しくない。食用海藻を採っていた漁業者たちが、潮間帯上部の同じような高さの岩上に生育し、潮が引くと海面から姿を現した岩に長い髪が生えたように見える海藻(カヤモノリ)と短毛で覆われた鴨の頭のような海藻(カモガシラノリ)を見て、「今日は『をとめのかしら』を採ろう。『かもがしら』は明日にしよう」といった会話をしていたのではないか。つまり、乙女じゃない方を鴨と呼んで区別したのが、「かもがしらのり」だったのではと想像するのである。
ただ、異説がないわけではない。お吸い物に入れる薬味を「香頭」といい、これを「鴨頭」と当て字することがある。カモガシラは味噌汁の具に使われることも多く、それで「鴨頭にする海苔」から転じて「カモガシラノリ」という名前が生じたという香頭説である(仲田・鈴木 2021. カモガシラノリ語源異説. 藻類69: 104)。たしかに汁物に入れる薬味にはさまざまな植物が使われ、とくに汁に浮かせる柚(ゆず)などの吸口(すいくち)を古くは「鴨頭(おうとう)、香頭(こうとう)」と呼んでいたから、なるほど可能性のある説ではある。しかし、天保14(1843)年に刊行された伊勢貞丈(1718–1784)著『貞丈雑記』は、薬味の「鴨頭」は「青柚(あおゆ)の皮が汁に浮いているさまが水面の鴨の頭のように見える」ことに由来したとする(平凡社『世界大百科事典』1931〜1935年)。「鴨頭(おうとう)」が汁に浮いた柚からきたのだとすれば、当て字の順序は逆で、「香頭(こうとう)」のほうが「鴨頭」に由来する当て字だったということになるだろう。
一方で、南紀串本観光協会の宇井晋介氏には、和歌山には「かもがしらのり」だけでなく、「かものけ」という名前が伝わっていた記憶がある(宇井2011. 南紀 浜辺の植物誌 その6 カモガシラノリ. 串本海中公園マリンパビリオン 40: 46)。直接お尋ねしたところ、少年時代に、明治生まれの祖母(西牟婁郡生まれ)がカモガシラノリを「かものけ」と呼んで採集し、酢味噌和えにしたのを食していた記憶があるとのこと。和歌山に「かものけ」という言葉が残っていたことは鴨の頭説を補強するものではなかろうか。(北山 2021. カモガシラノリ語源補説. 藻類69: 166)。
香頭説、鴨の頭説。正解は分からないけれども、これ以上の進展は、もう和歌山の現場に行って鴨頭海苔料理を食してみなければいけないところまで来ているように思う今日この頃である。
ところで、東道太郎(1884–1968)が海藻を担当した妹尾秀實ら著『日本有用魚介藻類圖説』(博文館1910年)には他にも複数の異名が挙げられている。ちなみに東は、日本海藻学の開祖、岡村金太郎(1867–1935)の初期の弟子で、当時は水産講習所助手であったが、大正10年に教授となる(水産講習所はその後、東京水産大学を経て東京海洋大学となった)。『日本藻類名彙第二版 淡水藻類編』(成美堂1916年)や『原色日本海藻圖譜』(誠文堂 1934年)など、日本の黎明期藻学に貢献した人物である。
その『日本有用魚介藻類圖説』に載っているのは、「かもかしらのり」(濁点がない)、「ぼふしのり」(肥前)、「とほやまのり」(紀伊)、「いそもち」(安房)である。また、延宝年間(1673〜1681年)に刊行された『いとなみ六方』には、カモガシラノリが「いそもちのり」の名で載っているという。この「いそもち」とは磯餅のことで、古来、安房(房総半島南端)の海辺では、集めたカモガシラノリをそのまま搗いて餅にしており、今日でも南房総では磯の珍味として食されているそうである。(ぼうずこんにゃくの市場魚介類図鑑https://www.zukan-bouz.com/syu/カモガシラノリ)
「ぼふしのり」が、おそらく「帽子海苔」の意であることは容易に想像できる。この藻はなぜか岩の上面を好み、側面には生えにくい(直射日光を必要とする、あるいは藻食動物の食害を受けるからか)ので、なるほど岩が帽子をかぶっているように見えなくもない。
しかし、「とほやまのり」は、それが「遠山海苔」だろうとは推察できるものの、「遠山」が地名なのか人名なのかはたして何を意味しているのか、この数年どうにも分からず、筆者は気になって気になって夜もなかなか寝付けなかったのである。それで今回この原稿を書くにあたり、海藻押し葉協会高山優美事務長に締め切りを少し延ばしてもらって、干からびたカモガシラノリのような脳にアルコールを注ぎながら、しばらく考えてみたところ、「遠山」が地名でも人名でもなく、文字通り「遠くの山」のことかもしれないことに思い至った。
カモガシラノリは潮間帯上部の石の上に生えるので、潮が引き始めると海面から突き出た岩が、遠くにそびえる山にみえることがあるのではないか。そしてそれを覆うカモガシラノリが森林のようにみえるので「遠山海苔」である。実際、14世紀の南北朝時代に中国から伝来したという水石の世界では、「遠方にある山々を思わせる石」のことを「遠山石(とおやまいし)」と呼ぶらしい。紀伊の海で盆栽や水石をたしなんでいた人物が、干潮で海面に現れた岩のカモガシラノリをみて「とおやまのり」と名付けたというのは想像が過ぎるだろうか?
以上の他にも、カモガシラノリの異名として「こぶのり」(安房)を載せた文献もどこかにあったはずなのだが、どこで見たものか、アルコールの度が過ぎて脳が固定されてしまったようでどうにも思い出せない。次回までに思い出せるとよいのだけど。
ところで前回のアントクメの回で、「安徳布」を載せた国語辞書がどのくらいあるかを北大の藻類研究者にお尋ねする予定と書いた。私以上に藻類和名の起源や変遷に詳しく、当代きっての藻類学者でありながら辞書の沼にはまり、趣味で古代から現代まで大量の辞書を蒐集・研究されている同大理学研究院生物科学部門講師の仲田崇志先生にお尋ねしたところ、快く「あんとくめ」の漢字表記を載せた明治期の辞書をいくつも紹介してくれた。先生によれば、明治44(1911)年の三省堂『辞林』に掲載された「あんとく-わかめ[安徳若布]」が初出らしいとのこと。やはり本物の辞書マニアにはかなわない。
前回、筆者は「岡村が(複数の日本名のなかから)アントクメの和名を選んだ」と書いたけれども、実際には明治23(1890)年の陶山清猷(すやま せいゆう)編『有用藻譜』(集成堂)で使われた和名をそのまま岡村が採用した可能性が高い。お詫びして訂正する。
カモガシラノリ(アントクメも)の地方名についてはまだまだ分からないことが多い。情報をお持ちの方は私(kitayama@kahaku.go.jp)へお知らせいただきたい。商品の写真も送っていただけたら藻っけの幸いである。
藻々
国立科学博物館 北山太樹

