能登半島は日本海に突き出た半島で、外浦と呼ばれる北岸や西岸は冬の波浪が厳しいですが、その半島が防波堤のように冬の季節風を遮ってくれるので、内浦と呼ばれる東岸では冬も波穏やかな海になります。半島の周囲はほとんどが岩礁海岸のため、外洋性から内湾性までのホンダワラ類を主体とする約150㎢の多様な藻場が広がっています。

能登の人々は昔から、この藻場で生育する様々な食用海藻を利用してきました。食用海藻のシーズンは冬から夏にかけてです。冬の岩のり(主にウップルイノリやオニアマノリ)、じんばそう(ホンダワラ)、ぎばさ(アカモク)、かじめ(ツルアラメなど)、そぞ(ユナ)、春の絹もずく(モズク)、あおさ(アオノリ類)、はば(ハバノリ)、はまな(セイヨウハバノリ)、かすかも・こな(カヤモノリ)、ワカメ、クロモ、ながも(ツルモ)、夏のウミゾウメン、岩もずく(イシモズク)、天草(マクサ)、えご(エゴノリ)、いぎす(イバラノリ)、海ぶどう(フサイワズタ)、ヒラムカデなどなど。食べ方も多様で、おそらく日本で最も多種類の食用海藻を利用する海藻の楽園のような場所でした。

しかし、2024年1月1日に発生した能登半島地震と9月の豪雨災害で、その楽園は一変してしまいました。外浦では最大で4m以上も隆起して、海の底だった岩場が海上に露出してしまいました。磯でアワビやサザエ、そして海藻を採っていた採介藻の漁師さんや海女さんたちは「磯が変わってしまった」と言います。以前はここに行けばサザエや海藻があると、頭の中の地図に入っていた漁場が浅くなったり干上がったりしたからです。また、陸から行けた海藻の採集場所も無くなり、隆起した起伏の激しい岩場をずっと先まで歩いていく必要があります。歩いて波打ちぎわまでたどり着けても、環境が変わってしまった岩場で果たして目的の海藻は生えているでしょうか。能登の海藻食文化は、その時期にその場所に行き、ちょうど美味しく繁茂した海藻をそこで採集し、独特の方法で板海苔などの乾物や料理に仕立てられ引き継がれてきました。能登の磯が変わり、能登の人々は住居や船、加工場も失い、他の場所に移るか仮設住宅に住むしかない状況で、能登の海藻食文化は消滅の危機に瀕しています。
先日、石川県立歴史博物館で、公費解体される住居から救出された民具の中に、岩のりを採集するためのザルや岩のりを成型する簀の子、干すための道具が展示されていると聞き、早速見に行きました。これらの道具も殆どが災害ゴミとして処分されてしまったのでしょう。わずかに残ったこの竹細工も、作る人はもうご高齢の1名だけとのこと。

かつてのような海藻食文化は、地域によってはもう存続は難しいかもしれません。しかし、新たな料理法も含めて、多様な海藻食を繋いでいってほしいと強く願っています。私も海藻の伝統的な料理法を記録しつつ、新しい料理法も探求し発信しています。

池森貴彦

ホンダワラとアカモクの串目(唐辛子味噌焼き)

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イバラノリジュレ

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セイヨウハバノリとカヤモノリの板海苔づくり

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岩のりの採集と仕立て道具

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ツルモと菜の花の炒め物

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